信州・食の未来フォーラムin MIYOTAレポート

信州食の未来フォーラム

長いコロナ禍の自粛生活が緩和され、街にはマスクを外した人たちも増えている。イベント開催などもコロナ禍前に戻りつつある2023年10月29日。長野県の御代田町で4年越しの企画が開催された。

軽井沢ガストロノミープロジェクトとWIG食の世界の女性たちの会(Women In Gastronomy)共催となる今回のフォーラムは「2023信州・食の未来フォーラム in MIYOTA」と題し、全国そしてスペインから食に関わる人たちが、これからの食のために今出来ることと食の大切さや素晴らしさについて語り合いたい。そして若者たちに伝えたいという熱い思いを持って集まった。

特別ゲスト、ルシア・フレイタスと主催の渡辺万里による開会の言葉

食のものさしは、過去から掘り起こすものではないか


基調講演は、フードジャーナリストの君島佐和子さん。「『食のものさし』を考える」をテーマに4つの例を挙げた。

1つ目は馬耕による田畑の耕し。様々な分野で人間が作ったシステムが地球の環境を壊している現在。今後はさらに動物と共存しながら命の尊さや自然への畏敬を持ち、化石燃料だけに頼らない技術を受け継ぐことが必要になる。人間の視点だけで考えず、動物からの視点を持つこと。他者の視点という「ものさし」を持つこと。

フードジャーナリスト、君島佐和子さんの講演

2つ目は和牛の捉え方。日本は肉食の歴史が浅いために、柔らかくてサシの入った肉が良いという思い込みが強く、そのため現在の和牛の97%は、黒毛和牛でサシが入ったタイプが占めている。「良い肉とは何か」という「肉のものさし」が少なすぎることがその原因だ。より多くの品種や月齢、雄雌などの要件から、違うタイプの肉も選んでいけるように、肉のものさしにも多様性が必要だということ。

3つ目は海藻。日本近海では1500種類以上の海藻が取れるのに、実際に食しているのは100種類程度だ。日本人は酢の物か味噌汁で合わなければ「美味しくない」と切り捨ててしまうほど、海藻の食べ方が乏しい。海藻の活用方法を増やし「美味しさを図るものさし」を増やすこと。

4つ目はパン。1600年代の技法で作られたパンを君島さんが食べた時、最初は「美味しい」と思うことが出来なかったのは、現代のパンを基準にして味わったから。歴史を学ぶことで、時間軸によって美味しさの「ものさし」に奥行きが生まれること。

「食のものさしの多様化」が切実な社会問題だと君島さんは伝える。

食とは、健康に生きるためのもの


「食は里山に聞け」をテーマに講演予定だった佐久「職人館」の北沢正和さんは、以前御代田で縄文に関わるテーマで講演を行った縁を思い出し、「縄文と食」をテーマに変更。「大地からの恵みには、あるがままの魅力がある」と考える北沢さんは、今料理界は縄文時代の豊かさに気付き始めているという。

土が恵んでくれたものを食べ、体内で変化し血となり肉となる。そして人間はやがて土に還る。添加物など質の悪いものを摂ると、人間と自然との間に境が生まれて土に還れない体になるのではないか。健康に生きるために食べる、という事を改めて考える時が来ている。その為には人間からの目線だけでなく、食材からの目線を持つこと。そうすることで自然の中に溶け込み、境がなくなるのではないか。健康というものさしを持ち、様々なものとかかわりを持つことが大事だと話す。日々里山に入り、自然に溶け込みながら食材を取る北沢さんだからこそ気付くことを教えられた時間となった。

世界大会ボキューズ・ドールでの経験


料理界のオリンピックとも言えるボキューズ・ドール。ご夫婦で営む軽井沢のレストランから出場した戸枝忠孝シェフが登壇し、大会の全容と思いを語った。

戸枝シェフが出場した年はコロナ禍ということもあり、異例尽くしの大会だった。2度の開催延期とそれまでにはなかった「ランチボックス」というテーマ。空輸できなくなったわさびやキノコ類のパウダーなどの食材を、スーツケースで運ぶこと。様々な異例を乗り越え、戸枝シェフの信州愛が詰まった料理は「日本らしかった」との評価を受けた。また、審査員長は「もう一度食べたいのは戸枝シェフの料理だ」とコメント。世界に戸枝シェフと信州を周知する機会となった。

最後に戸枝シェフは「若い人達に料理を見て、食べて、知って、そして料理人がもっと増えて大会を目指す人が出てきてほしい」と期待を込めた。

WIG集結!地方支部結成!


食の世界で活躍する様々な女性を応援するプロジェクト、WIG。今フォーラムでは、日本各地、そしてスペインから御代田に約20名が集結。ビデオレターでの参加もあった。特別会員のルシア・フレイタスさんは「女性の皆さんが集まる会になったことを誇りに思う。ネットワークを広げていき、この会は強くなっていくと思う。今回は最初の会だが、今後も回を重ねていつかガリシアの女性生産者を連れて来られたら素敵だと思う」と締めくくった。

各地から集まったWIGの会員たち

限界集落から知る現状と未来


午後の部最初の登壇は、白馬村出身の太田哲雄シェフ。アマゾンにいる2,000人のカカオ生産者を雇用して現地のカカオをすべて買い付け、卸や自身の料理等に使っている。2,000人の内600人は女性の生産者で、組合を作りカカオの原種栽培を行っているという。ここには「男性が戦いに行く間に女性が原種を守る」という歴史の流れがあった。アマゾンでも女性の生産者は多く活躍している。

また太田シェフが思う海外と日本の大きな違いは、日本が無農薬や無添加に対し大きく出遅れていることだ。日本も最近やっと無農薬やSDGsに取り組み始めたが、その間も気候変動はどんどん進んでいる。

現状のまま行くと10年後は当然今より悪化し「信州で栗と松茸が採れなくなるのではないか」と警鐘を鳴らす。大切なのはどう変わってきているかを、自然に耳を傾け自然から教えてもらう事。太田シェフは「ガストロノミーはお皿の中ではなく足元に価値を見出すものだ、と改めて考える時が来ている。観光と食の豊かさはイコールではない。これからも信州人として郷土料理を提供する為、知って欲しい食材や限界集落などに光が当たるような活動をしていきたい」と、ブレない信念を貫く姿勢を示した。

日本とガリシアの女性生産者から学ぶこと


WIG立ち上げのきっかけとなったルシア・フレイタスさんは、フォーラム代表の渡辺万里さんとの出会いで人生が変わったと話す。日本の生産者と出会い繋がることで、出身地ガリシアの女性生産者を思い出した。「女性がガストロノミーの世界で強くなるために」と始まったWIGに刺激を受けて、それがルシアさんのプロジェクト「AMAS DA TERRA(大地の女性たち)」の設立につながった。1年弱の活動の中でいくつも賞をもらい、現在は大学や研究機関のサポートを受け、プロジェクトに参加する女性を世界に紹介できるシステムを作っている。

スペイン・ガリシア「レストラン・アタフォーナ」のルシア・フレイタスシェフと通訳の小林由季さん

講演の中でルシアさんはスペインの女性生産者4人をビデオで紹介。4代にわたって農園を営む女性、海でザルガイを採る女性、畜産家の女性、そしてワインの産地で初めてエコロジー栽培をした女性だ。ガリシアには芯の強い女性が多く、それぞれ違った方法で自身の仕事にやりがいを見出している。そこから得る多くの刺激がルシアさんの料理にインスピレーションを与えるのだ。

そして日本やガリシアで働く生産者と出会う中で、ルシアさんが確信したのは「過去から学び未来を変える」事。今こそ一度立ち止まり過去を振り返って考えることこそ革新的だ、と。その為にWIGとAMAS DA TERRAで繋がり、情報交換をしていきたい思いがある。ルシアさんの夢は、WIGのメンバーが増え組織が広がっていくことだ。「自分の仕事に価値を見出し、才能を活かせる場所で働く人たちと繋がっていきたい」と強い気持ちを伝えた。

同時開催されたMMOPでの「信州美食フェスティバル」でのゲストたち

生産者とのかかわりと、私達ができる事


午後講演の後半はシェフや生産者の生の声を伝える座談会。前半は大阪のパティシエ、道野祐子さんと東京のシェフ、川副藍さんの対談だ。全国の生産者さんを半年かけてバイクで回った道野さんと、地元である千葉県いすみ市で約30軒の生産者さんの食材を使ってレストランで提供している川副さん。お二方とも生産者さんの支えあってこその仕事だという。生産者と多く関わることで道野さんは「生きていくこと」の強さを、川副さんは「自分の細胞に染み入る美味しさ」を素材から知る、と言うことを学んでいた。

生産者とのかかわりの中で道野さんが感じるのは「フルーツは生産者さんが優れていればいるほど、そのままのフルーツがおいしい」事。「どんな風にフルーツが変わるのか知りたい」とバトンをくれる生産者の声を糧に、日々その思いとフルーツと対話しながらデザートを作る。一方、川副さんが感じているのは地元いすみ市の自然の循環だ。自然とそこに関わる人全てに繋がりがあるといういすみ市。山から流れる生態系豊かな夷隅川(いすみがわ)を通った水の恵みが田畑に。田で育ついすみ米はいすみ市内の小中学校で使われ、畑ではオーガニックな生産者が増えている。川副さんが作る一皿に乗る食材は、全てがいすみ市の繋がりを表現するものとなっている。

二人に共通するのは、調理するときに生産者さんの顔が浮かぶということだ。生産者さんに対する感謝の気持ちと共に「なかなか伝え合うことができていない生産者さんとエンドユーザーを繋ぐため、できることをしていきたい」と、二人の思いは熱い。

生産者が伝える現場と思い


フォーラム最後のプログラムでは3人の生産者から生の現場の声が届けられた。

一人目は和歌山県みなべ町で、塩とシソだけで梅干しを作る「梅ボーイズ」の山本将志郎さん。実家が梅農家で、栽培・出荷後の梅の行き先がわからないという兄の声から梅干しの研究を開始。シンプルで梅の味が活きる本来の梅干しを作ろうと奮闘した。商品ができあがり販売を開始した頃コロナ禍に突入。栽培の為の開墾作業の時には大雨被害にあう等の災害に直面したが、次第に集まってきた仲間たちと乗り越え、今はさらに、梅農家の連帯を目指して活動している。

二人目は安曇野市で養豚「藤原畜産」を営む藤原喜代子さん。大雪被害、豚熱、コロナと様々な自然災害を家族一丸となって乗り越えた。そこには豚肉を購入し続けてくれたシェフたちによる、SNS発信やECサイト活用などの支えもあった。情報社会の中で頭でっかちになりがちな人もいるが、生産者は真剣に向き合って作っているから、直接見に来て質問をしてほしい。生産者と直接話す事が生産現場の現実を知る事が出来る機会だと話す。

三人目は岩手県で牡蠣・ホタテの養殖を行う「明神丸かき・ほたてきち」船長の中村敏彦さん。海で働く人は津波に対しある程度の覚悟は持っているが、東日本大震災の時はさすがに異常だったと当時を振り返る。施設を丸ごと津波で失った中でも、直接取引をしていた個人の人たちからの応援の声に支えられて立ち直ってきた。生産者は消費者との信頼関係が大事だという考えがあり「この人が作った牡蠣ならどんなものでも買いたい」と思ってもらえるほどの信頼を得る為に頑張りたいと話す中村さん。「漁師は海の上では厳しいけれど、陸では優しい人が多い。ぜひ見に来て声をかけて欲しい」と優しい笑顔を見せる。

3人の生産者さんはそれぞれ違う現場で異なる生産をしているが、消費者との繋がりが大切だという思いは同じだ。SNSが発達している現在、以前よりも生産者と消費者の間の距離は縮まっている。生産者へ気軽に声をかけて欲しいという思いがあった。

講演に登壇された方たちに加え、フードジャーナリストの柴田泉さん、H3 Food Designの菊池博文さん、NPO法人HUG代表理事の本間勇輝さん、軽井沢VIGNETTE編集長の広川美愛さんの進行のもと、全てのプログラムが終了した。

ルシア・フレイタスと渡辺万里の閉会の言葉

「また皆さんにお会いしたい。ガリシアに来ていただければきっとみんなガリシアに恋をしてくれるはずです。」とルシアさん。

「登壇者、スタッフ、ご来場の皆さま、全員で作ることができたフォーラムです。全ての皆様に心から感謝したい。次は信州のどこで開催になるでしょう。食というキーワードのもと、みんなで繋がり前進していく集まりを重ねていきたい。」という渡辺万里さん。

そこには「食」についてこれからも語り合っていこうという思いと、「食」で繋がる人たちの未来がより明るいものになるようにという思いが溢れている。そう感じる一日になった。

フードライター 原田寛子

関連記事